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山下万喜

山下万喜

やましたかずき

元海上自衛隊自衛艦隊司令官
<階級>
海将(26.8.5)
<生年月日>
昭和35年生まれ
<主要学歴>
防衛大学校(昭和58年3月卒)
海上自衛隊幹部候補生学校(昭和59年3月卒)
留米(海軍大学校指揮課程)
<防衛省(自衛隊)歴>
昭和58年 3月 海上自衛隊入隊          
昭和59年11月 護衛艦くらま を皮切りに、艦艇幹部として勤務
      ・
平成11年 3月 護衛艦まつゆき艦長
      ・
平成17年 8月 第3護衛隊司令
平成18年 7月 海上幕僚監部装備体系課長
平成19年 9月 海上幕僚監部補任課長
平成20年12月 第1護衛隊群司令
平成22年 8月 潜水艦隊司令部幕僚長
平成23年 8月 防衛大学校訓練部長
平成24年 7月 海上幕僚監部防衛部長
平成26年 8月 海上自衛隊幹部学校長
平成27年 8月 海上自衛隊佐世保地方総監
平成28年 12月 海上自衛隊自衛艦隊司令官
平成31年 4月 海上自衛隊 退職

戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断 (全4話)

収録日:2015/06/15
追加日:2015/07/20

なぜ東郷平八郎はバルチック艦隊を対馬で迎え撃ったのか?

戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(1)日本海海戦・東郷平八郎

追加日:2015/07/20
「もしも自分が東郷平八郎だったら・・・」バルチック艦隊の迎撃作戦でどんな決断を下すだろうか。海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏が、現在西側諸国を中心に使われている意思決定プロセスを日露戦争・日本海海戦に適用し、その妥当...

なぜ山本五十六は真珠湾への「奇襲攻撃」を選択したのか?

戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(2)真珠湾攻撃・山本五十六

追加日:2015/09/24
当時の日本海軍にとって画期的な作戦だった昭和16(1941)年12月8日の真珠湾奇襲攻撃は、連合艦隊司令長官・山本五十六の卓抜な決断によって可能となったものだった。海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏が、現代の意思決定プ...

ミッドウェー海戦の敗因…南雲忠一はなぜ決断を誤ったのか

戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(3)ミッドウェー海戦・南雲忠一

追加日:2015/10/01
昭和17(1942)年のミッドウェー海戦で大敗を喫した指揮官・南雲忠一の判断ミスは、適切な情報の不足に由来していた。なぜ南雲は、魚雷のままでよかった攻撃機の装備を、あえて敗因になった爆弾に変えたのか。海上自衛隊幹部学...

レイテ沖海戦…栗田艦隊「謎の反転」の意図を解き明かす!

戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(4)レイテ沖海戦・栗田健男

追加日:2015/10/08
海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏による、戦史に見る意思決定プロセス分析シリーズ。今回は、意思決定の成否を大きく左右する「使命分析」の重要性を、昭和19(1944)年のレイテ沖海戦において「謎の反転」を行った栗田艦隊の...

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山添博史

防衛研究所 地域研究部 米欧ロシア研究室長

吉田正紀

元海上自衛隊佐世保地方総監一般社団法人日本戦略研究フォーラム政策提言委員

片山善雄

元防衛省防衛研究所 防衛政策研究室 主任研究官

上月豊久

元駐ロシア日本国特命全権大使

山内昌之

東京大学名誉教授歴史学者武蔵野大学国際総合研究所客員教授

廣瀬陽子

慶應義塾大学総合政策学部教授

中西輝政

京都大学名誉教授歴史学者国際政治学者

小原雅博

東京大学名誉教授

杉山晋輔

元日本国駐アメリカ合衆国特命全権大使